山本式和音番号の「キー」を定義し、和音の設計図を具現化する
前回の記事では、山本式和音番号システムの基盤となる、全33調の「音階表データベース」を作成しました。
あの緻密な作業は、複雑な音楽理論をExcelというデジタルなフィールドに落とし込み、論理的に扱えるようにするための、非常に重要な準備工程でした。
山本式和音番号における「調(キー)」の表記ルール
さて、今回はそのデータベースと連携する、システムの「頭脳」部分の構築に入ります。
しかしその前に、このシステムにおける最も基本的な「入力ルール」である、調(キー)の表現方法について、改めてここで明確に定義しておきましょう。
長調(Dur)の表記:調号数による数値化
山本式和音番号では、長調(Major Key)を、そのキーが持つシャープ(♯)またはフラット(♭)の数、すなわち「調号数」に対応する数値で表現します。
C durを基準の0とし、シャープが1つ増えるごとに数値が1つ増加し、フラットが1つ増えるごとに数値が1つ減少します。
- 7 : Cis dur
- 6 : Fis dur
- 5 : H dur
- 4 : E dur
- 3 : A dur
- 2 : D dur
- 1 : G dur
- 0 : C dur
- –1 : F dur
- –2 : B dur
- –3 : Es dur
- –4 : As dur
- –5 : Des dur
- –6 : Ges dur
- –7 : Ces dur
短調(moll)の表記:「m」を付加するルール
短調(minor Key)の場合は、対応する調号数の数値の末尾に、小文字の「m」を付け加えて表現します。
このシステムでは、各長調に対する同主短調などを網羅的に扱うため、以下の通り定義します。
- 7m : ais moll
- 6m : dis moll
- 5m : gis moll
- 4m : cis moll
- 3m : fis moll
- 2m : h moll
- 1m : e moll
- 0m : a moll
- –1m : d moll
- –2m : g moll
- –3m : c moll
- –4m : f moll
- –5m : b moll
- –6m : es moll
- –7m : as moll
- –8m : des moll
- –9m : ges moll
- –10m : ces moll
いよいよ設計図の作成へ
この明確なキーの定義を基に、いよいよ和音の各要素を「列」として定義し、その全貌を明らかにする「設計図」の作成に取り掛かります。
この作業を通じて、複雑な和音の構造をExcelの表で体系的に整理できるようになり、将来の音楽分析ツールの土台が築かれます。
STEP1:山本式和音番号の「入力構造」を設計する!〜データベースの列定義〜
はじめに、和音の情報を格納するデータベースの全体構造を設計します。
ここでは、なぜ各要素を「列」に分けて管理するのか、その論理的なアプローチから解説します。
和音の要素を「列」で表現する論理的アプローチ
データベースの全体像と「列」に分ける利点
和音の情報を、例えば「2571」のような単一の文字列で管理するのではなく、「調」「度数」「種類」といった要素ごとにExcelの「列」へ細かく割り当てるのには、明確な理由があります。
この構造を採用することで、まず、データの可読性が向上し、入力や修正が容易になります。
さらに重要なのは、将来的に新しいルールを追加したり、修正したりする際の拡張性が格段に向上することです。
そして、後の工程で用いる数式(例えばINDIRECT関数やINDEX/MATCH関数)の参照ロジックが格段にシンプルになり、より効率的でミスの少ないデータ処理が可能になるのです。
具体的な列見出しの入力手順
それでは、新しいシート(例: DB_山本式和音)を作成し、その1行目に、これから解説する列見出しをA列からAL列まで順番に入力してください。
これが、私たちの壮大なデータベースの骨格となります。
- A列: 調号数
- B列: m
- C列: C
- D列: moll
- E列: 調
- F列: 度
- G列: 7/9
- H列: 転
- I列: 根省
- J列: 借用
- K列: +
- L列: その他
- M列: 予備1
- N列: 予備2
- O列: 予備3
- P列: 連結
- Q列: C
- R列: M
- S列: m
- T列: dim
- U列: aug
- V列: 7
- W列: 9
- X列: sus4
- Y列: (
- Z列: ♯♭
- AA列: 5
- AB列: 7
- AC列: 9
- AD列: )
- AE列: /
- AF列: C
- AG列: その他
- AH列: 予備1
- AI列: 予備2
- AJ列: 予備3
- AK列: 直接入力
- AL列: コード


STEP2:データベースの各列が持つ「意味」を徹底解説!〜和音の構造を読み解く〜
データベースの骨格が完成しました。
ここからは、今しがた作成した全38列が、それぞれ何を意味し、どのような役割を担うのかを、グループに分けて徹底的に解説します。
A〜E列:和音の「調(キー)」を特定する情報
この最初のグループは、分析対象の和音が、どの調に属しているのかを定義するための列です。
手入力で定義するキー情報
[調号数] (A列): ここには、調号の数を手入力します。シャープ系の調は正の整数(例: G durなら1)、フラット系の調は負の整数(例: F durなら-1)、C durは0とします。
この数値が、調を識別するための最も基本的な情報となります。

[m] (B列): 短調(moll)の場合にのみ、手入力で小文字の「m」を記入します。
この一文字が、長調と短調を区別する重要なフラグとして機能します。

[調] (E列): 山本式和音番号の「セカンダリードミナント」などを表現するために、基準となる度数を手入力します。
例えば「V/II」であれば、ここには2(II度)が入力されます。


ダイアトニックコードの場合は空白で構いません。
数式で自動表示されるキー情報
[C] (C列): A列とB列の入力に基づき、ドイツ式のキー名(例: G, c)を数式で自動表示させるための列です。詳細な数式は、今後の記事で解説します。
[moll] (D列): B列にmが入力されていればmoll、なければdurと、調のタイプを数式で自動表示させるための列です。

F〜O列:山本式和音番号の「要素」を入力する中核部分
このグループは、和音の具体的な構造を示す「山本式和音番号」の各要素を、手入力で定義していく、データベースの中核部分です。
和音の「番号」を構成する最小単位
[度] (F列): 和音の主要な度数(Ⅰ〜Ⅵ)を、アラビア数字の1から6で手入力します。
[7/9] (G列): 和音の種類(テンション)を定義します。7 (7th)や9 (9th)などを手入力します。

[転] (H列): 転回形を1 (第1転回形), 2, 3で手入力します。
(第4転回形は山本式和音番号では扱いません。)

[根省] (I列): 根音省略を示すフラグとして8を手入力します。
(すでに度数の1から6、7thと9thで7と9を使用しており、余った数字が8と0のため、ここでは8を使います。)

[借用] (J列): 借用和音を示すフラグとして0を手入力します。
(通称:芸大和声では左側に○を表記するため、山本式和音番号では「0」を採用します。)

[+] (K列): 上方変位(例: #5)を示す+記号を手入力します。(下方変位は基本的には使用しません)

[その他] (L列): n (ナポリ)やg (ドイツの増6)など、特定の機能を持つ和音の記号を手入力します。
(以下の画像:ドイツの増6和音)

[予備1], [予備2], [予備3] (M, N, O列): 将来的な機能拡張に備えて用意する、ユーザー定義用の予備列です。
P〜AL列:自動導出される「和音情報」と「最終コードネーム」
この最後のグループは、手入力された情報と、裏側で稼働する数式や参照テーブルを基に、最終的なコードネームを組み立て、表示するための領域です。
Excelが和音の情報を統合し、最終形へと表現する領域
[連結] (P列): E列からO列までの手入力された各要素を連結し、データベースの「参照キー」となる一意の「山本式和音番号」の文字列を、数式で自動生成します。
例えば、=TEXTJOIN(“”,TRUE,E2:O2) といった数式を使用します。

Q列〜AG列: これらの列は、E列からL列に入力されたデータと、C列とD列の調を元に、最終的なコードネームを構成する各パーツ(ルート音、メジャー/マイナーの別、テンションの数字、変化記号、オンコードのベース音など)を、数式によって細かく分解・導出する作業領域です。
これらの列に組み込まれる複雑なロジックこそが、このシステムの心臓部であり、次回以降の記事で徹底的に解説していきます。

[予備1]〜[予備3] (AH, AI, AJ列): 自動計算用の将来的な拡張領域です。
[直接入力] (AK列): 数式での自動生成が困難、あるいは非効率な例外的なコードネーム(例: ドイツの増6和音をA♭7と表記する場合など)を、手入力で直接指定するための「上書き(オーバーライド)」列です。
この列に入力された内容は、他のどの計算結果よりも優先されます。

[コード] (AL列): Q列からAJ列までで自動導出された各パーツと、AK列の直接入力を最終的に統合し、完成形となるコードネームを表示する、このデータベースの「最終出力列」です。
まとめ:Excelで和音の「全て」をデータ化!これが「山本式和音番号」の体系だ!
今回は、山本式和音番号を構成する多岐にわたる要素を、Excelの各列に整理して定義する方法と、その壮大なデータベースの全体構造を設計しました。
今回の記事を通じて、和音という複雑な概念を、いかにして構造化し、Excelで扱えるデータ形式に落とし込むか、その設計思想をご理解いただけたかと思います。
特に、手入力する「要素」と、それに基づいて自動計算される「結果」を明確に分離したこのデータベース構造が、将来の精緻な音楽分析ツールの、いかに重要な土台となるかを強調しておきます。
これで、Excelに和音の「設計図」が完全に入力できる状態となりました。
次はいよいよ、この設計図を元に、和音の構成音を導出し、最終的なコードネームを自動生成する、論理的な数式の構築に着手します。