はじめに:短調(moll)の「和音」はなぜこんなに複雑なのか?山本式和音番号の哲学に迫る!
前回の記事では、山本式和音番号の根底に流れる「設計哲学」を解き明かし、それに基づいて選定された長調(dur)における全使用和音のカタログを提示しました。
しかし、音楽の世界には、長調とはまた異なる魅力と、そして遥かに奥深い複雑さを持つ「短調(moll)」という体系が存在します。
なぜ短調は複雑なのでしょうか。
その最大の理由は、短調には自然短音階、和声的短音階、旋律的短音階といった複数の音階が存在し、その音階自体の微細な変化が、和音の構成に直接的な影響を与えるからです。
同じ度数であっても、文脈によって長三和音、短三和音、減三和音、そして増三和音といった、全く異なる質の和音が生まれる可能性があります。
だからこそ、この複雑な短調の世界においては、「どの和音を体系の基本とし、どの和音を例外とするか」という明確な指針、すなわち「選別の哲学」が極めて重要になるのです。
今回は、この複雑な短調の世界で、山本式和音番号が「なぜ特定の和音を選び、なぜ特定の和音を扱わないのか」という、その哲学と明確な選別基準について、徹底的に深掘りしていきます。
この哲学を理解することが、システムの「一貫性」を盤石にし、今後の記事で登場する数式やロジックを読み解く上での、強固な基盤となるでしょう。
STEP1:短調における「和音選別」の基本原則〜和声的短音階がシステム基盤〜
まず、山本式和音番号が、多様な短音階の中から「何を基準に」和音を構築しているのか、そのシステムの絶対的な土台について解説します。
なぜ「和声的短音階」を基盤とするのか?
先述の通り、短調には主に、自然短音階(ナチュラルマイナー)、和声的短音階(ハーモニックマイナー)、旋律的短音階(メロディックマイナー)という3つの種類が存在します。
それぞれが異なる響きと特性を持ちますが、山本式和音番号の短調は、基本的に「和声的短音階」に基づいて和音を構成します。
その理由は、和声的短音階の持つ、音楽機能上の明確な利点にあります。
和声的短音階は、自然短音階の第7音を半音上げることで作られますが、この「導音(どうおん)」が存在することにより、そのⅤ度(属音)上の和音(属和音)が、長調と同じ「長三和音(メジャートライアド)」となります。
この長三和音の属和音(ドミナント)は、主和音(トニック)へ解決しようとする指向性が非常に強く、ドミナント機能が明確です。
和音進行における機能的・体系的な分析を行う上で、この強力なドミナント機能は不可欠です。
作曲支援ツールとしての有用性を最大化するため、山本式和音番号は、この「和声的短音階」を短調における和音選別の絶対的な基準としているのです。

STEP2:短調(moll)で「扱わない」和音の哲学〜「増三和音」との慎重な対峙〜
和声的短音階を基準とすることで、使用する和音の輪郭が見えてきました。
ここからは、なぜ特定の度数の和音が、山本式和音番号の基本リストから意図的に「除外」されているのか、その理由を解説します。
Ⅲ度和音を扱わない理由:不安定な「増三和音」の回避
山本式和音番号では、短調のⅢ度和音を基本的に扱いません。
その理由は、和声的短音階を基に短調のⅢ度の和音を構築すると、「増三和音(オーギュメントトライアド)」という、響きが極めて不安定な和音になるためです。
例えば、c moll(ハ短調)のⅢ度は、構成音がEs-G-Hとなり、増三和音(E♭aug)を形成します。

この和音は非常に特殊な響きを持ち、一般的な和音進行の中で安定した機能を持つことが稀です。
山本式和音番号は、クリエイターが実践的に使用できる「和音の役割」と「進行の汎用性」に重きを置くため、この特殊で不安定な和音を基本体系からは除外するという判断をしています。
Ⅰ7和音を扱わない理由:ここにも「増三和音」の影
同様の理由で、短調のⅠ7和音(トニックセブンス)も、山本式和音番号では扱いません。
短調のⅠ7和音も、和声的短音階に基づくと「増三和音」の性質を内包してしまうためです。
例えば、c mollのⅠ7は、構成音がC-Es-G-Hとなり、これもまた不安定な響きを生み出します。
長調のⅠ7(17、例: CM7)は安定した響きを持ち、広く使われるため体系に含めますが、短調のⅠ7は、その不安定さから一般的な和音進行の選択肢からは外れると判断し、除外しています。
この比較からも、山本式和音番号が増三和音という要素を、いかに慎重に扱っているか、その設計思想が見て取れるでしょう。

Ⅶ度和音を扱わない理由:減三和音の不安定性
短調のⅦ度和音も、長調と同様の理由で扱いません。
Ⅶ度の和音は「減三和音(ディミニッシュトライアド)」であり、その不安定さから、単独で安定した機能を持つことが少ないためです。
これもまた、山本式和音番号の「安定した機能を持つ和音を提示する」という哲学に基づいています。

長調との比較:特定の7和音の選別
長調では17(I度7和音)を扱いますが、短調では扱いません。
しかし、短調でも27, 47, 57, 67は扱います。(※Ⅲは元々構成が特殊なため、その7thも基本体系では扱いません)
その理由は、これらの和音(例: c mollの27はDm7(♭5)、47はFm7、57はG7、67はA♭M7)は、短調においても安定した機能や、音楽的によく用いられる響きを持ち、なおかつ「増三和音」の性質を持たないためです。
この選別基準からも、山本式和音番号がいかに「増三和音」という要素の扱いに慎重であるか、その一貫した姿勢を読み取ることができます。

STEP3:短調(moll)で「使用する」和音の哲学〜機能性と汎用性を追求する〜
除外する和音の哲学が明確になったところで、次に、短調において「使用する」と選別された和音の体系について、その詳細なルールを解説します。
山本式和音番号が選んだ「実践的な」和音たち
Ⅰ、Ⅱ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵの主要和音と転回形
まず、短調の和音体系の骨格を成すのは、Ⅰ、Ⅱ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵの主要和音です。
これらは短調の調性感を確立し、多様な和音進行を生み出すための、最も基本的な要素となります。
もちろん、これらの和音の転回形も、響きに変化を与える重要な要素として同様に扱います。

構成音数と転回形:「5音構成」の転回形も許容するケース
長調と同様に、和音の構成音数が5つになる場合(例: 属9の和音)、その機能分析上の重要性から、転回形を扱わないのが基本です。
しかし、ここには重要な例外規定が存在します。
それは、根音省略(8)などによって最終的な構成音が4音になる場合です。
例えば、属9の和音(59)自体は5音構成ですが、598(根音省略の属9)となれば、その構成音は4つになります。
この場合、その転回形(例: 5918)は、ベースラインの動きや響きにおいて明確な意味を持つため、山本式和音番号では「使用する和音」として採用されます。
あくまでも「機能」と「実用性」に焦点を当てる、システムの柔軟な姿勢がここに現れています。

上方変位(+)和音の厳選:Ⅴ度とⅥ度のみを扱う理由
和音の5度の音を半音上げる上方変位(オーギュメント)を示す+記号を持つ和音は、Ⅴ度とⅥ度の長三和音のみを扱います。
その理由は、上方変位和音は、特定の解決先(主に長三和音や属7和音に解決する場合など)において、その機能が最も明確になるためです。
例えば、C durの57+ (G7(#5)) が次に進む和音が短三和音の場合、G7(#5)の機能は薄れ、多くの場合G7(♭13)として解釈されます。
このように、機能が曖昧になる上方変位和音は扱わず、その役割が最も安定して機能するⅤ度とⅥ度に限定しているのです。
セカンダリードミナントの厳選:なぜⅣ、Ⅴ、Ⅵ度だけなのか?
短調におけるセカンダリードミナントは、Ⅳ度、Ⅴ度、Ⅵ度をターゲットとする3種類のみを考えます。
その理由は、ターゲットとなる和音の「安定性」にあります。
Ⅱ度の主和音は「減三和音」(例: c mollではDdim)、Ⅲ度の主和音は「増三和音」(例: c mollではE♭aug)であり、これらは響きが不安定です。
不安定な和音に向かうための強力なドミナント機能を構築することは、和音進行の体系として不自然であると、山本式和音番号では考えます。
機能性と安定性を重視するシステムの哲学が、このセカンダリードミナントの厳選にも貫かれています。

sus4と「解決しない」例外:「音楽的意図」をデータ化する
短調においても、sus4は扱いますが、その使用は極めて限定的です。(sus4の7thは扱いません。)
Gsus4 → G7のように後続の和音に解決する場合、その役割はドミナントで一貫しているためG7で十分と判断し、sus4は使用しません。
山本式和音番号がsus4を使用するのは、その和音が解決せずに全く別の和音に進行する場合のみです。
例えば、映画「となりのトトロ」のBGMで聴かれる Csus4 → A♭M7 のような進行が、その典型例です。
これは、山本式和音番号が、古典的な和声学の枠組みを超え、現代音楽の多様な「音楽的意図」をもデータ化しようとする、システムの拡張性を示しています。
STEP4:「異名同音」と「転調」の解釈
個別のルールを見てきましたが、最後に、このシステムがいかに「作曲家の視点」に立っているかを示す、より高次の解釈指針について触れます。
固定概念にとらわれない「作曲家の視点」
禁則無視のスタンスを再確認
和声学の禁則(連続5度、連続8度など)は、短調においても考慮しません。
繰り返しますが、山本式和音番号は、音の響きの伝統的なルールよりも、和音の持つ「役割」と進行の「意図」に重点を置いているためです。
異名同音は「同じではない」!厳密な調判定の重要性
山本式和音番号では、異名同音を厳密に区別し、同じものとして扱いません。
例えば、Cis durとDes durは、演奏上は同じ音でも、和音進行の文脈における役割や分析では、全く異なる調として扱います。
和音の連続した進行を正確に分析するため、厳密な調判定がシステムの絶対的な前提条件となります。
なお、このルールに基づき、最終的なコードネームとして出力する際に、一般的な表記が理論上の構成音と異なる場合(例: G#dim7をA♭dim7と表示するなど)、「A♭7 ※」のように末尾に米印などを追記し、それが便宜的な表記であることを明示するルールも、短調に適用されます。

調号が同じなら「ほぼ同じ調」?山本式和音番号の柔軟な思考
さて、ここが山本式和音番号の最も柔軟で、創造的な部分かもしれません。
このシステムの目的は、厳密な和声分析だけではなく、和音進行の可能性をクリエイターに提示することです。
そのため、調号が同じ調(平行調)は、「ほぼ同じ調」として、和音を自由に行き来できるという、非常に柔軟な解釈を許容します。
例えば、Am Em F E7 Am という、一見すると完全にa moll(ニ短調)のコード進行。
これを、山本式和音番号では、C dur(ハ長調)の和音として 6 3 4 257 6 と解釈することも可能です。
(E7はa mollのV7ですが、C durのⅥ度(Am)に対するセカンダリードミナント657と解釈できます)
作曲者である私も、a mollのような響きを意図していても、頭の中ではC durをベースにこの進行を組み立てることがあります。
そうすることで、平行調であるC durとa mollの世界をシームレスに繋げ、より自由な発想で和音の連なりを考えることができるのです。
この考え方に基づけば、Am →Em →F →E7 →Am →G7/B →C →D →F →D7/F# →G →E7/G# →Am →Fm →Dm7(♭5) →G7… といった、コード進行も、平行調間の自由な移動として、よりシンプルに、そして創造的に捉えることが可能になります。
まとめ:短調の「哲学」は複雑で奥深い!山本式和音番号はここに極まる!
今回の記事では、短調(moll)における和音の選別哲学と、その詳細な基準について、徹底的に解説しました。
短調特有の複雑さを、いかに合理的かつ機能的に整理し、体系化しているか、その設計思想の深さをご理解いただけたかと思います。
短調における和音の扱い、特に増三和音や減三和音に対する慎重な姿勢、そしてセカンダリードミナントの厳選といったルールは、山本式和音番号というシステムの「精緻さ」を物語っています。
これで、長調と短調、両方の山本式和音番号の哲学が、完全に解き明かされました。
複雑な和音の選別基準の背景にある、明確な目的意識こそが、このシステムの信頼性の源泉なのです。
さて、長調と短調、両方の「語彙」が出揃いました。
次回の記事では、いよいよ、今回学んだ短調の和音を実際にExcelデータベースに登録する作業に移ります。
そして、そのデータベースが完成した時、私たちはついに入力された山本式和音番号から、対応するコードネームを自動生成する、壮大な数式の構築に着手します。
Excelが音楽理論を語りだす、その瞬間をお楽しみに。