Excelで音階データベース」を作る
前回の記事では、山本式和音番号という「暗号」が、いかに論理的で精巧な設計思想に基づいて構築されているかを解き明かしました。
「559180」という数字の羅列が、見事に F♯dim7 という一つの和音にたどり着く様は、まさに知的なパズルそのものでしたね。
さて、今回からはいよいよ、この設計図を元にExcelで「山本式和音番号変換システム」を構築する、実践的なステップに突入します。
なぜExcelで音階表を作るのか?「山本式和音番号」システムの最重要基盤
今回のテーマは、この壮大なプロジェクトを完成させる上で、最も基礎的で、かつ最重要と言っても過言ではない「参照用データベース」の構築です。
具体的には、各調における「音階表」をExcelシート上に作成していきます。
なぜ、このデータベースがそれほど重要なのでしょうか?
コードネームは、ルート音(根音)と和音の種類(例: C, Dm, G7)で構成されています。
山本式和音番号からコードネームを自動生成することが直近の目標です。
例えば、C durの場合、5という番号からGという音名を、55という番号からDという音名を、Excelが自動的に導き出す必要がある、ということです。
この「度数」と「具体的な音名」を正確に結びつけるために、各調における音階の情報が不可欠となるのです。
Excelにあらかじめこの音階表をデータベースとして構築することで、複雑な音楽理論の規則が参照可能な形式となります。
これによって、山本式和音番号からコードネームへの自動変換を実現するための論理的な土台が整います。

STEP1:Excelシートの準備と「音階表」の基本構造
それでは早速、システムの心臓部となるデータベースの設計に取り掛かりましょう。
まずは、新しいExcelシートを用意し、そこに「音階表」のレイアウトを整えていきます。
「音階表」のレイアウトを設計する
まず、新しいExcelシートに「音階DB」などの名前を付けます。
このシートが、音楽データベースの中心となります。
これから作成する各調の「音階表」は、以下の要素で構成されます。
調(キー): 表のタイトルとして、その音階が属する調(例: C dur, G durなど)を、分かりやすい位置に明記します。
補足ですが、調の長短を示す一般的な方法として、C durは「C」、es mollは「es」のように、主音のアルファベットを大文字と小文字で書き分ける表記法も広く使われています。
度数: 列の見出しとして、山本式和音番号で使用する各度数を用意します。
(長調の場合:Ⅰ, II, III, IV, V, VI )
(短調の場合:Ⅰ, IV, V, VI)
音階: 各度数の列の下に、その度数の音から始まる音階の音名を、英式表記(C, C#, Dなど)で縦に14音記述します。
14音という数は、オクターブを超えたテンションノートなども見越した、将来的な拡張のための余裕です。
作成した各調の音階表は、後の参照のしやすさを考慮し、シート上で縦一列に並べて配置していくのがおすすめです。
STEP2:長調の音階表を作成!手入力とコピー&ペーストの職人技!
設計図が固まったら、いよいよデータベースの本体である、各調の音階表を作成していきます。
ここでは、あえて複雑な関数は使いません。
Excelの最も基本的な操作を極めることで、驚くほどの速度と正確性を実現する「職人技」に挑戦しましょう。
15個の長調音階表を作成する
まず、作成するのは、以下の15個の長調の音階表です。
調号なし: C dur
シャープ系 (7個): G dur, D dur, A dur, E dur, H dur, Fis dur, Cis dur
フラット系 (7個): F dur, B dur, Es dur, As dur, Des dur, Ges dur, Ces dur

各度数(Ⅰ〜Ⅵ)の14音を、間違いのないように正確に書き込みましょう。
C durの音階表を例に取ると、実は各度数の列は、それぞれが独立した音階で構成されています。
具体的には、Ⅰ、Ⅳ、Ⅴの列は「長音階(メジャースケール)」、そしてⅡ、Ⅲ、Ⅵの列は「短音階(マイナースケール)」となっているのです。
つまり、C durの表の「Ⅱ」の列には「Dマイナースケール」が、「Ⅴ」の列には「Gメジャースケール」が記述される、ということです。
この複雑な構造を効率的に作成するため、まずは基準となる2種類のマスター音階をExcelのどこか空いているスペースに手入力で作成します。
説明画像は、長音階と短音階を見やすくするために背景色を変えています。
- マスター長音階: Cから始まる長音階(C, D, E, F, G, A, B…)
- マスター短音階: Aから始まる和声的短音階(A, B, C, D, E, F, G#…)
この2つのマスター音階を「部品」として、C durの音階表を組み立てていきます。
長音階の列を作成する(Ⅰ、Ⅳ、Ⅴ度)
- まず、C dur表の
I
度の列には、「マスター長音階」をそのままコピー&ペーストします。これでCメジャースケールの完成です。 - 次に、
IV
度の列には、「マスター長音階」のパターンを参考に、Fから始まる長音階(F, G, A, B♭, C, D, E…)を手入力で作成します。 - 同様に、
V
度の列にも、Gから始まる長音階(G, A, B, C, D, E, F#…)を作成します。

短音階の列を作成する(Ⅱ、Ⅲ、Ⅵ度)
- 次に、
VI
度の列には、「マスター短音階」をそのままコピー&ペーストします。これでAハーモニックマイナースケールの完成です。 - 続いて、
II
度の列には、「マスター短音階」のパターンを参考に、Dから始まる和声的短音階(D, E, F, G, A, B♭, C#…)を作成します。 - 同様に、
III
度の列にも、Eから始まる和声的短音階(E, F#, G, A, B, C, D#…)を作成します。

残りの14調の音階表を作成する
C durの音階表が完成したら、Cis dur(♯x7)からCes dur(♭x7)までの表を完成させます。
各度数が持つ本来の響きを正確に反映した、非常に精度の高いデータベースが完成します。
この丁寧な仕込みこそが、後の自動変換システムの精度を決定づけるのです。
例:Cis dur

18個の短調音階表を作成する
長調の音階表が完成したら、続いて短調(moll)の音階表を作成し、データベースを完成させましょう。
さて、長調の音階表は15個作成しました。
では、短調も同じ数だけ作れば良いのでしょうか?
実は、山本式和音番号のシステムでは、さらに多くの、合計18個もの短調を扱います。

なぜ18個か?
その理由は、音楽の表現を豊かにする上で欠かせない「同主短調」という考え方を、システムに取り入れるためです。
同主短調とは、C dur(ハ長調)に対するc moll(ハ短調)のように、
同じ主音を持つ短調のことです。
作曲や分析を行う際、長調の中で同主短調の和音を借用する、色彩豊かな和音進行を扱いたい場面が頻繁にあります。
山本式和音番号が目指すのは、こうした和音の「正体」を正確に捉えることです。
具体例を挙げると、Ces dur(♭7個の長調)の曲中でⅣ度の借用和音を使った場合、システムはそれを同主短調であるces moll(♭10個の短調)のⅣ度の和音として解釈する必要があります。
このような複雑な和音の関係性をシステム上で定義するために、データベースには、全ての長調に対応する同主短調の音階表が必要不可欠となるのです。
この思想に基づき、データベースでは、標準的な15の短調だけでなく、Ces durに対応するces moll(♭10個)から、ais moll(♯7個)まで、合計18個の短調の音階表を準備します。
これにより、異名同音や複雑な転調にも対応できる、極めて強力で柔軟な「音の羅針盤」へと進化を遂げることになります。
ここれだけ多くの調を網羅しているからこそ、作曲家が使う様々なテクニックを表現でき、本当に「使える」ツールとしての価値が生まれるのです。
例:ces moll

STEP3:作成した音階表に「名前」をつける!
15個の長調音階表が完成したら、次に行うのがこのステップのハイライトです。
それぞれの音階表に、Excelが認識できる「名前」を付けていきます。
「名前の定義」で参照範囲を明確にする
作成した各音階表のデータ範囲(見出し行は含めず、音名が入力されている範囲)に、「名前の定義」という機能を使って、それぞれ固有の名前を付けていきます。
この作業が、後のコードネーム生成のための数式において、Excelが「どの調の、どの音階表を参照すれば良いか」を正確に認識するために、不可欠なステップとなります。
手順は以下の通りです。
まず、名前を付けたい音階表のデータ範囲(例: C durの音階データ全体)を選択します。

次に、「数式」タブの中にある「名前の定義」ボタンをクリックします。

ダイアログボックスが表示されたら、「名前」の欄に、その音階表を表す分かりやすい名前を入力します。(例: C_dur)

「参照範囲」に、選択したセルの範囲が正しく表示されていることを確認し、「OK」をクリックします。
この手順を、作成した33個全ての音階表に対して繰り返します。
命名規則は、後々の管理のしやすさを考えて、一貫性のあるものにしましょう。(例: C_dur, Es_dur, h_moll など)
後の記事で登場するINDIRECT関数などが、多くの音階表の中から目的のデータを正確に引き出せるのは、この「名前」が数式とデータ範囲とを結びつける、重要な橋渡しの役割を担うからです。

まとめ:Excelが「音の羅針盤」を手に入れた!長調編完成!
今回の記事では、各音階表に「名前の定義」を行うことで、Excelが音楽の各調の音階を「データ」として個別に認識し、後のコードネーム生成に役立てるための重要な準備が整いました。
この地道な作業こそが、複雑な音楽理論をExcelというデジタルな世界に「教え込む」ための、かけがえのない第一歩です。
そして、いよいよこれらの完成した音階表と、これまでに学んだ山本式和音番号の解読ルールを組み合わせ、入力された和音番号から、対応するコードネームを自動生成する数式の構築に、本格的に着手します。
お楽しみに!
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