作曲のための新・音楽理論!扱う和音の選別ルール

作曲のための新・音楽理論!扱う和音の選別ルール Excel

和音の「選別」こそ、山本式和音番号の「哲学」 なぜこの和音を扱うのか?

これまでの記事で、山本式和音番号の概要とその表記法、そしてシステムの基盤となるデータベースの構造を学んできました。

※最初の記事は下からどうぞ。

しかし、音楽の世界には、文字通り無数の和音が存在します。

その全てを、この山本式和音番号の体系で表現し、データベースに登録する必要があるのでしょうか?

その答えは、明確に「NO」です。

山本式和音番号は、考えうる全ての和音を網羅するための体系ではありません。

今回の記事では、このシステムがなぜ特定の和音を選び、そしてなぜ特定の和音を意図的に扱わないのか、その根底に流れる「哲学」と「明確な選別基準」について、徹底的に解説します。

この設計思想を深く理解すること。

それこそが、単に和音の知識を増やすだけでなく、山本式和音番号というシステム全体の論理性を把握し、今後の記事で登場する複雑な数式やロジックを読み解く上での、強固な基盤となるのです。

まさに、この「選別の哲学」こそが、このシステムの心臓部と言えるでしょう。

STEP1:山本式和音番号の「思想」

まず、個別のルールを解説する前に、このシステム全体を貫く、いくつかの重要な指針についてご説明します。

これらの指針が、全ての選別基準の根拠となっています。

「演奏のため」か「分析と創造のため」か?目的の違いが表記を変える

コードネームの限界と和音の「役割」の重要性

コードネームは、演奏者が瞬時に和音を把握し、音を出すために最適化された、非常に優れた体系です。

しかし、その和音が調の中でどのような「役割」を持っているかまでは示しません。

例えば、ある場面で登場するGのコードが、その調の安定した中心(トニック)なのか、緊張感を持つ属和音(ドミナント)なのか、あるいは全く別の調から借用されたものなのかは、コードネームだけでは判断できません。

この「役割」の曖昧さが、作曲家分析者にとっては大きな限界となります。

和音進行の意図を正確に理解し、そこから新たな進行を創造するためには、和音の機能を示す、より高解像度な羅針盤が必要なのです。

転調か、それとも複雑な借用和音か?山本式和音番号の解釈指針

山本式和音番号は、一つの調における複雑な借用和音(非常に特殊な響きや機能を伴うもの)として解釈するよりも、「転調」と見なして捉えることを基本方針とします。

その理由は、このシステムの最大の目的が「クリエイターにとって有用なツール」であるためです。

一つの調の枠内で難解な和音として解釈するよりも、転調という視点を提供することで、より幅の広い和音の選択肢と、その先の進行の可能性を提示できると考えています。

これにより、作曲家は和音の「役割」と「方向性」を明確に把握し、創造性をより自由に広げることができるのです。

禁則を気にしない!「役割」に重点を置く山本式和音番号

古典和声学には、「連続5度」や「連続8度」の進行を避けるといった「禁則」が存在します。

これらは、特定の時代の様式における響きの美しさを保つための重要なルールですが、山本式和音番号では、基本的にこれらの禁則を考慮しません。

その理由は、例えばエレキギターのパワーコード(例: E5→G5→D5)の進行が、古典的な禁則に抵触するケースがあるように、現代の多様な音楽においては、伝統的な「響き」のルールよりも、和音の「役割」や「進行の意図」が優先される場面が多いためです。

山本式和音番号は、あくまで和音の機能に重点を置いたシステムです。

STEP2:長調(dur)で扱う和音の「骨格」〜主要な度数の選別基準〜

システムの基本思想をご理解いただいたところで、具体的な和音の選別基準に入ります。

まずは、和音の「骨格」となる主要な度数の扱いです。

「なぜその度数を使うのか?」という哲学

Ⅰ度からⅥ度までを扱い、Ⅶ度を扱わない理由

山本式和音番号は、長調(dur)において、I度、II度、III度、IV度、V度、VI度の主要な和音を扱います。

しかし、Ⅶ度(七の和音)は扱いません。

その理由は、Ⅶ度の和音は、その響きが「減三和音(ディミニッシュトライアド)」という不安定な性質を持つためです。

この和音は、単独で安定した機能を持つことが少なく、多くの場合、Ⅴ度の和音の変形(根音省略形)として解釈することが可能です。

和音の機能をシンプルかつ明確に捉える、という山本式和音番号の思想に基づき、度はより本質的な度の機能に内包されるものとして、独立した度数としては扱わない、という判断をしています。

Ⅶ度はより本質的なⅤ度の機能に内包されるものとして、独立した度数としては扱わない

主要和音の「度数表記」の応用

セカンダリードミナント:「ターゲット」を明確にする表記法

ある調の主要な和音(ダイアトニックコード)に対して、一時的にドミナント機能(解決したいという強い指向性)を付与する和音を「セカンダリードミナント」と呼びます。

山本式和音番号では、これを「度数表記の応用」として、極めて合理的に表現します。

その表現方法は、ターゲットとなる度数(例: II度)を示す数字の後に、ドミナントを意味する5を続ける、というものです。

例えば、25は「II度のV(V/II)」、65は「VI度のV(V/VI)」を意味します。

「VのV(ドッペルドミナント)」:「主要度数の連鎖」を示す表記

55は、セカンダリードミナントの中でも特に重要な「VVドッペルドミナント)」を示します。

これは、主要度数におけるV度の和音が、さらにそのV度上から派生するという「機能の連鎖」を示す表記であり、力強い進行を生み出すための重要な要素です。

このように、山本式和音番号は、度数を示す数字の組み合わせによって、和音の階層的な役割をも表現するのです。

セカンダリードミナントの例

STEP3:長調(dur)で扱う和音の「種類」と「転回形」の選別基準

和音の骨格が決まったら、次はその「色彩」や「姿勢」を決定する、和音の種類と転回形の選別基準です。

7th、9thテンションの取り扱い

山本式和音番号では、7th(セブンス)や9th(ナインス)といったテンションを持つ和音を扱います。

これらは、和音に深みや複雑さを加え、和音進行に豊かな色彩を与える重要な要素です。

データベース上では、[7/9]列に、これらのテンションを示す数字 79 を入力することで定義します。

構成音数と転回形:「無意味」な転回形は扱わない

和音は、最低音がどの音になるかによって「転回形」となり、その響きを大きく変えます。

山本式和音番号では、この転回形を[]列に 1 (第1転回形), 2 (第2転回形), 3 (第3転回形) と入力することで表現します。

しかし、ここにも明確な選別基準が存在します。

山本式和音番号では、和音の構成音数が5つ以上になる場合、その和音の転回形は一切扱いません。(例: 属9の和音)

その理由は、G9/B のような複雑な転回形は、特定の演奏上の音の配置(ボイシング)ではありますが、和音の根本的な「役割」や「進行の方向性」を分析する上では、その転回情報が本質的ではない(無意味である)と判断するためです。

このような響きは、機能分析においては「偶成和音(ぐうせいわおん)」(一時的な音の組み合わせの結果)として考え、山本式和音番号では、より機能が明確な G7/BBm7(♭5) と解釈し、そちらで表記することを推奨します。

ただし、根音省略などによって最終的な構成音が4つになる場合は、転回形を考慮し、その影響を表記します。

和音の構成音数が5つ以上になる場合、その和音の転回形は一切扱いません。

STEP4:長調(dur)で扱う和音の「特殊機能」と「例外」の選別基準

最後に、和音にさらに複雑な表情を与える「特殊機能」と、現代音楽を扱う上での「例外的なルール」に関する選別基準を解説します。

和音に複雑な表情を与える旗印(フラグ)

「根音省略」と「借用和音」:特殊機能が和音の質を変える

根音省略 (8): [根省]列8が入力されている場合、それは和音の根音(ルート)が省略されていることを意味します。

これにより、響きの透明感が増したり、ベースラインの流れが滑らかになったりします。

借用和音 (0): [借用]列0が入力されている場合、それは「借用和音」であることを示します。

この0は単なる印ではなく、特定の構成音(例: 9thの音)に作用し、和音の「質」そのものを変化させる、システムの根幹に関わる重要な機能です。

(例: V/V9のEがEsに変化し、結果としてdim7の響きが生まれるケース)

sus4とadd9の取り扱い:解決と機能に着目

sus4: 山本式和音番号の体系には用意しますが、その使用は極めて限定的です。

その理由は、Gsus4 → G7 のように、後続の和音に解決してドミナントとして機能する場合、その役割の本質は G7 にあり、sus4 は一時的な装飾と見なすためです。

sus4 を使用するのは、解決せずに全く別の和音に進行する場合(例: となりのトトロBGMの Csus4→A♭M7)という、例外的なケースに限られます。

これは、山本式和音番号が、古典和声学の枠を超えて現代音楽の多様な響きを捉えようとする拡張性を示しています。

add9: 基本的に扱いません

その理由は、Cadd9のような和音は、機能的には限りなくトニック(主和音)であり、付加された9thは一時的な偶成和音と見なせるためです。

9thは7thの音があって初めて「テンション」としての明確な役割を持つ、という設計思想に基づいています。

異名同音の取り扱い:調判定の厳密性が最優先

山本式和音番号では、異名同音(例: C#とD♭)を厳密に区別し、同じものとして扱いません。

例えば、Cis dur → E dur → G dur という、調号が減っていく方向への連続した転調を分析する際に、演奏のしやすさから Cis dur を Des dur と読み替えることは、和音進行の連続性という重要な文脈を見失うため、固く禁じます。

正確な調判定こそが、和音の機能と役割を正しく分析するための絶対的な前提条件です。

なお、この厳密なルールに基づき、最終的なコードネームとして出力する際に、一般的な表記が本来の意図と異なる場合(例: ドイツの増6和音を便宜上A♭7と表記する場合など)、「A♭7 」のように末尾に注釈を追記し、「理論上の構成音とは異なる簡易表記である」ことを明示する機能を設けています。

まとめ:和音の「選別」こそ哲学

今回の記事では、山本式和音番号の根底に流れる「設計哲学」を徹底的に解説し、それに基づいて選定された、長調(dur)で扱う和音の種類とその詳細な選別基準について、深く掘り下げました。

なぜ特定の和音を扱い、なぜ特定の和音を扱わないのか。

その理由が、和音の機能性作曲支援という明確な目的から、極めて論理的に導かれていることをご理解いただけたかと思います。

これで、このシステムの「語彙(ボキャブラリー)」と、その背景にある「文法(グラマー)」の大部分を習得しました。

長調の和音が出揃った今、次はいよいよ短調(moll)の世界を探求します。

次回の記事では、短調で新たに追加される和音(ピカルディーのⅠなど)を含めた、短調の全使用和音リストを公開し、その背景にあるルールを解説します。

そして、それが完了した時、私たちのデータベースはついに完成し、コードネームを自動生成する数式構築のステージへと進みます。

Excelを用いた壮大な音楽体系の構築、その完成の瞬間は、もう目前です。

<続く>

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